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5月5日のこどもの日に向けて

「生命(いのち)を学ぶ釣り教室」から

「霞ヶ浦の自然体験学習」レポート:吉田幸二

2006年4月16日(日)、茨城県霞ヶ浦の小美玉市にある
霞ヶ浦ふれあいランドにて開催された子供釣り教室に、
講師として参加しました。(パシフィックスポーツプラザ主催)

NPO水辺基盤協会より四名の講師を派遣しました。
タナゴ釣り名人の竹川先生とイカ釣り名人の榎戸先生、
ランカーバス狙いの藤野先生、
ヘラ釣り師範代の福平先生の四名です。

当日の天気予報は雨!
にもかかわらず、時折晴れ間から陽が差したりして、
外れた天気予報に参加者一同大喜びでした。
魚もそこそこに釣れて、楽しい一日が過ごせたと思います。

{講師からの言葉}
日本で伝統的な方法で食料を賄うには、
お米を作る稲作と魚を獲る漁労の二つしかありません。
まぁ、お米も外来種と言えば外来種ではあるんですがね。

いや、いや、稲自体は大昔からあったようですが、
日本の先住民はその利用方法を知らなかったのです。
鳥たちのように殻のまま啄んでいたのです。
しかし、大陸から侵入してきた渡来人によって、
稲の正しい調理法を知り、
稲作文化が構築されたと言うことらしいです。

一方、漁労はと言うと、
日本の先住民も獣骨などを利用して魚を獲っていました。
それは茨城県においても4000年前の貝塚から発見されています。
つまり、漁労と言う魚を獲る行為は、日本人の血の中に
脈々と息づいている生きるための本能なのです。

昔の人々は生きるために自分たちで稲を作り、魚を獲っていました。
しかし、現在それは分業され、
お米は農家が作り、魚は漁師さんが獲ってきます。
そして、それらが食卓に並んでいます。

みんなが大好きで食べているハンバーグやステーキなど、
牛肉や豚肉、鶏肉などのお肉料理は普通の家庭にはありません。
イノシシやウサギ、キジなどのお肉が、
猟師さんのような極一部の人々の口に入った程度です。

昔は、食糧確保の手立てが魚釣りだったのですが、
今ではその魚釣りに求める多くが、
ストレスの発散や心の平安など、
日常の不満を解消し、快適に暮らすための趣味としてのものです。
昔は生きるための魚釣りは、
現代では心平安に暮らすための糧となったのです。

そして、この日々の平安を得るために
必要不可欠なものは何かというと、紛れもなく魚の存在です。
魚が生存していなければ、魚釣りは成立しないのです。
みんなで魚釣りの出来る環境を創り上げて行きましょう。

{講師からの言葉}
釣り上げたブルーギルを持ち帰りたいとせがむ子がいました。
それが人間が持ち備えている本能です。
自分が頑張って獲得した生き物です、持ち帰りたいはずです。
私が子供の頃もそうでした。

公園で沢山のフナを釣り上げ自慢したくて家に持ち帰りました。
ギュウギュウに詰められたバケツの中では、
何匹ものフナが死んでいました。
それを見た母親は「無駄に生き物を殺すんじゃない!」
と私をどやしました。
誉められると思っていた私は呆気にとられましたが、
やがて母親の真意を理解し、命の重さを実感したのです。

子供たちに特定外来生物の話しをして、
今は生きたままの移動が出来ないことを教えるのですが、
誰もが納得の出来ない顔をします。
それはそうですよ、自分の獲物ですからね。
彼等の奥底に潜んでいる本能が納得させないのです。

そこで、「殺すかい?」と聞くと首を横に振ります。
魚釣りという細い釣り竿と釣り糸を通じて、
それまで味わったことのない小さな命の躍動を体験するからです。
それはTVゲームのような虚像ではありません。
目の前で生き延びようと必死に抵抗する命、
それを逃がすまいと必死に捕らえようとする命、
命と命のぶつかり合い、ガチンコ勝負があるからです。

だから、「観察が終わったら釣ったその場で逃がそうね。
大きくなってまた会えるように・・・・」と教えました。
確かに納得はできなかったでしょう。
でも、子供たちは惜しみながらも
釣り上げた魚を逃がしてくれました。

「外来生物は悪い生き物で、駆除しましょう!」
もし、そう教えたら、きっと子供たちの中には、
叩き殺す子供がでてくることでしょう。
またそれを面白がって、真似する子供もでてくるでしょう。
まさに弱いもの虐めです。
私は釣った魚を叩き殺したり、
放置するような子供にはしたくありません。

{講師からの言葉}
良いことをしたり、教えたりすると、
子供は素直ですからすぐにそれを真似ます。
だから、大人が悪いことをすると子供はそれを真似るのです。
一人が生き物を粗末に扱うと、他の子供も真似をします。
それが積み重なっていくと・・・非道い仕打ちがエスカレートします。
子供たちはとても残酷です。

だから、生き物の命の大切さを大人はしっかりと教えるべきです。
自分たちの楽しみの対象である生き物を殺すことや、
生き物を殺すことに楽しみを覚えることは、
地球上であってはいけないことを教えるべきです。
戦争、テロ、無差別殺人、幼児虐待など心の痛む事件が多すぎます。
人々が心に大きな傷を持っている証拠です。

魚を釣り上げたときの笑顔、
その笑顔を曇らせないためにも、
釣り人が行う生きたままのリリースを通じて、
生き物を慈しむ気持ちを育てて行きたいと思います。
また会おう!この次はもっと大きく強くなっていろよ!!
心の中で、そんな声をかけながら魚を放せる子供になって欲しいです。

{講師からの言葉}
自然環境を守る人は沢山いますが、
釣り場を守るのは私たち釣り愛好家以外にはいません。
釣り場を守る第一歩は、やはりゴミの不法投棄の防止です。
そのための清掃活動が全国で行われています。
是非、皆さんも積極的に清掃活動に参加して下さい。

釣り場の清掃活動は、
釣りという楽しみのための代償としてではなく、
楽しい釣りを味あわせてくれた魚への感謝の気持ちや、
釣り場への恩返しの活動です。

これは考え方なのですが、何かの代償に何かをすると言うのでは、
目に見える物質的なものへの対価的で良くありません。
しかし、恩返しとなるとストレスの発散や精神の安定など、
目には見えない心のケアに対するものですから、
たとえ魚が釣れなくても、この次こそ楽しませてくださいね。
と言う心持ちで釣り場を離れることが出来ます。

楽しい釣りをいつまでも・・・
そのためには釣り場にゴミは持ち込まないのを厳守して、
さらには一人一つ、釣り場のゴミの持ち帰りを励行しましょう。
美しい釣り場で楽しい釣りをいつまでも・・・

{講師からの言葉}
魚釣りとはただ単に魚を釣り上げることだけではなく、
その魚を釣るに至る過程、プロセスも楽しむべきです。
参加された子供さんの中には、
明日の釣りを考えてなかなか寝付けなかった人も居たでしょう。
この様なワクワクドキドキ感というものは、大人になってもあります。
そして、このワクワクドキドキが、
自分の人生をより楽しいものにしてくれるのです。

ワクワクドキドキを増長させるのが、釣行前の道具の準備です。
こんな仕掛けがいいかな?餌はこれでいいかな?
大きいのが釣れるだろうか?
これに掛かったら面白いだろうな・・・・・・などなど、
釣りの準備をしているときほど楽しい時間はありません。

皆さんも、折角釣りを始めたのですから、
是非、大人も痺れるような釣行前の準備時間を作ってください。
魚釣りの楽しみは、釣り上げるただそれだけではなく、
釣行前の仕掛け作りや行き帰りの様々な出会いなど、
釣ること以外にも沢山あることを知って欲しいのです。

春の釣り場には春の顔があり、 夏の釣り場には夏の顔があります。
このように四季折々に変化する釣り場の顔に出会うことだって、
釣りの楽しみの一つです。 そして、釣り人しか味わえない美しさや
不思議に出会うことができます。
どうぞ、十分に釣りの持つ楽しさを味わってください。

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コメント

楽しそうな釣り教室に、思わず私も参加したくなりました。子供と一緒に釣りをしながら過ごす時間を大切にしてゆきたいと思います。貴会の活動が益々発展しますように、お祈りもうしあげます。

釣り教室、オレが子供ころは町会や公共団体で開催してくれたもんだが、
今では少なくなりましたねぇ。
釣り場の減少が釣り教室の減少でしょうかねぇ。
釣りを通じて命の尊厳を学ぶ・・・こんなことは、あたりめぇのことでしたよ。
これからも楽しい釣り教室を続けて行きましょいっ!

釣り好き主婦様

コメント、ありがとうございます。
釣り教室当日は厳しい冷え込みにもかかわらず、元気一杯の子供たちとイベントを楽しむことができました。自然に触れるということが、知識や体力だけでなくストレス解消や精神面においても重要な働きをしてくれることを再確認させていただきました。
これからも各種イベントのサポートはもちろん、企画・開催を予定しておりますので、お気軽にご参加いただけたら幸いです。