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第1回霞ヶ浦防塵挺身隊 開催リポート
報告:須田昭博

第1回霞ヶ浦防塵挺身隊 開催リポート
報告:須田昭博

4月29日(日)、霞ヶ浦防塵挺身隊に参加して来ました。
当日は夏のような暑さと南西の強風にもかかわらず朝10時、
桜川河口の水門近くに心熱き志士たちが集結して来ました。
吉田幸二隊長から本日の清掃作戦の説明と、
参加者の自己紹介をして作戦開始となりました。

今回の清掃作戦は、各自の周り1m四方のゴミを拾う。
今までの様にビンや缶、ペットボトル等の
すぐ目に付くゴミを広範囲に拾うのではなく、
葦や水草の中にからまる細かいゴミまでを徹底的に拾い、
清掃した所しない所の差がどのくらい出るかを確認するようです。
そのための1m四方なのです。

いざ始めてみると、やはり目に付くゴミがあると、
作戦に反してどんどん先に進んでしまいます。
しまいにはタイヤ、プロパンガスボンベ、
FRPの船の残骸まで土手に上げてしまって、
隊長に怒られてしまいました。
今回は生活ゴミを可燃、不燃に分けて拾うだけのようでした。

どこでゴミ拾いをしても思うのですが、
やはり粗大ゴミを一番先に片付けたいのですが、
持っていく所や処分出来る所がなかなか無く、
しかも、大きいので運ぶのにトラックが必要になり、
どうしても私達のゴミ拾いでは経費が掛かって不可能になっています。
粗大ゴミ回収を有料化にすれば、必ず不法投棄する人間が出て来ることは
日本人のことですから予測できたはずですが・・。

小見川の常陸川河川敷に大量の粗大ゴミが不法投棄されていましたが、
最近すべてが片付けられて、土手に監視カメラが設置されました。
もちろん不法に捨てる人間が悪いのですが、
こんな経費を考えたら、粗大ゴミの回収を無料にした方が
安く上がったのではないでしょうか。

しかし、この狭い範囲でも本当に沢山のゴミが、山ほどにあります。
ゴミがあると言うよりも霞ヶ浦沿岸の葦は、
ゴミの上に生えているのでは?
と思うほどいろいろなゴミがびっしり堆積しています。

発泡スチロールの薄い板を突き抜けて葦が生えています。
強風で飛んできた農業ビニールのかたまりに
しっかり根を張っている植物もありました。
植物達はしたたかに、そこにある物を利用して生きていました。
それがたとえ自然の土ではなく、人間が作った環境を破壊する物であっても、
何年経っても決して腐ることが無い物でも、
植物にはそれを判断し、選ぶことは出来ないのですね。

今回の一人1m四方を徹底的に・・・のおかげで、
葦が生えている地面をじっくり観察することが出来ました。
なぜこれほどゴミが集まってしまったのでしょうか?
もともと日本人は公共という観念が昔から欠如した
国民なのではないでしょうか?

私が子供の頃、昭和30年~40年頃の大田区には、
道端の何処にでもゴミが散乱していました。
現在のようにコーヒーの缶、ペットボトル、
スーパーのゴミ袋はまだありませんでしたので、
キャラメルの箱を代表とするお菓子の包装材や生ゴミそのもの、
ビン類等、当たり前のように道路はゴミだらけでした。
あのタマちゃんが現れた多摩川の鉄橋付近は、
近くの戦車工場が垂れ流した廃油で川はいつも真っ黒でした。
釣り糸やウキは、浮いた廃油でべとべとです。
そんなになりながらも私はクチボソを釣ってました。

いつ頃からでしょうか? 
街にごみが無くなってきれいになって来たのは・・。
東京オリンピックの開催で、日本もなんとか世界の仲間入りがしたくて、
せっせと街中のゴミを拾うようになったのかもしれません。
でもいまだに富士山が世界遺産になれないのはゴミのせいとか・・・。

街や道路からゴミが減ったかわりに川、湖、海、山など、
投棄時に人目につかない所でゴミを捨てる習慣は、
ちっとも変わっていません。
日本人は昔から水に流すとか、
おばあさんは川に洗濯にとか、
川や海の水はどんな汚れも全て洗い流し、
浄化する能力が有ると思い込んで来たのです。
そのキャパを超えて投棄し続けたツケが、
今、我々に帰ってきたのでしょう。

ふと気が付いたのですが、
なんでこんなにドリンク剤の茶色の小ビンが大量に捨ててあるのでしょう?
北浦でもそうでしたが、このビンは小さくて重いので
泥にどんどん潜って行きます。
葦際を掘ったら膨大な数のビンが埋まっているのでしょう。
湖の周り全域にこれが埋まっていることを想像すると、
なんだかぞっとしますね。
泳げる霞ヶ浦より先に、歩ける霞ヶ浦を考えた方が良いかもしれません。
千葉県の手賀沼の水質が日本で一番悪いと言われてますが、
手賀沼の岸辺にはこれほどのゴミはありません。
ゴミが不法投棄されている場所はごく一部だけです。
それに引きかえ、霞ヶ浦は巨大なゴミ捨て場状態になっています。

葦際に投棄されたビンを拾いながら、
「ビンの中に手紙でも入ってないかな?」
などと松村さんと話していて思い出したのが、ビン流しでした。
子供の頃、多摩川で流行った遊びが、
三ツ矢サイダーやタケダのプラッシーのビンに手紙を入れて、
川に流す遊びです。
こうすれば、アメリカまで流れて行くとか言われていたので、
子供心にいろんなことを書いて川に流しました。
とうぜん英語など知らないので、日本語の手紙を書いて流すのですが、
だんだんエスカレートしてきて、
しまいには「助けて!」とか「殺される!」とか書いて流したので、
下流の羽田あたりの人が拾って見られたら、
さぞびっくりしていたでしょう。
第一海保あたりに誰か監禁でもされているか? 
・・・捜索隊が出ていたりして・・・。

大量のゴミに翻弄されている内に、時刻もお昼を過ぎたので、
葦際のゴミ拾いを終了させて土浦旧港へ全員で移動することになりました。
今日はあの升秀夫先生ご夫妻が、
ご自分のボートで水上からゴミ拾いに参加され、
大漁? のゴミを持ち帰ったので、陸揚げの応援に行くとのことです。
旧港に着いて先生の船を見てビックリ!!

土浦港「洋汀丸」と書かれた船体は全長10mの本格的な漁船。
なんでこんな大きな船を筑波大の先生が持っておられるのでしょう?
船のデッキには本当に大漁のゴミが積まれていました。
これだけの量を奥様と二人で回収されたのでしょうか?
空き缶、ビンはもとよりプロパンガスボンベ、テレビまで積まれていました。
こんなに沢山のゴミを集めて来て頂いて本当にお疲れ様でした。
升先生は豪快な素晴らしい方ですね。

とりあえず第一回、桜川河口清掃作戦も無事終了しました。
次回は葦や雑草が減る頃に開催予定とか。
ただ、いくらゴミを拾っても捨てる人間が減らなければ無駄骨です。
ゴミで汚れた湖岸が清掃されてきれいになっているのを見たら、
せめて自分だけはごみを捨てないようにしましょう。
目につくゴミがあったら拾いましょう。
街や道路はこれだけきれいになったのですから、
川や湖などの公共の自然を日本人だってきれいに出来るはずです。
主催された吉田幸二隊長はじめ参加された皆様、お疲れ様でした。
また、次回の清掃作戦でお会いしましょう。

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